#004 アダルトビデオに見るサポーターの冷遇…

 鑑賞派のサポータフェチの人は、例外なくサポーターを穿いている女性の姿を見たいと思うはずです。しかしサポーター姿の女性なんて、そう簡単に見られるものではありません。サポーター自体、普通の女性が普通の状況で着用するものではありませんし、仮にそれなりの状況でサポーターを穿いていたとしても、普通の下着を見られる以上に恥ずかしいため、そんなに簡単にはサポーター姿を見せてくれない(見えないように努力している)からです。そこでフェチの人は、わずかな期待を胸に(思いっきり期待して?)、アダルトビデオの中にそれを探そうとします。

 ご存じのとおりアダルトビデオでは、着衣の女性が徐々に服を脱ぎ(脱がされ)、下着姿から全裸になるというのがお決まりのパターンです。最近はヘアも事実上解禁のようです。こういう世界でスポーツものを探せば、当然そこにはスポーツウエアを脱いでいく途中のサポータ姿の女性が映っているはずと、期待に胸(とナニ)は大きく膨らみます。
 実際、スポーツもののビデオは各社から数多く発売されています。テニスもの、水着もの、体操もの、フィットネス・エアロビもの、ダンス・バレエもの、果ては更衣室やトイレの盗撮ものまであります。(最近なぜか「全裸スポーツ」シリーズなど、各社から一斉に発売されましたね)。
 しかしこれらのビデオのほとんどは、私たちサポータフェチの期待を大きく裏切ってしまいます。そこにはサポータのサの字も映っていません。たとえ映っていたとしても、ほんの数秒、それも腰の一部分だけというようなありさまです。たとえばこんな感じでしょうか。

<事例1> <事例2> <事例3> <事例4>
 と、だいたいこんなものではないでしょうか。後はお決まりの展開で、2人のsexを描写するだけです。それもほとんどモザイク入りで、何がどうなっているのかさっぱりわかりません。オナニー場面もほぼ同じ展開です。
 しかしなぜなんでしょう。普通の服装の場合は、ひとまずスカートを脱がせるか、またはめくるかしてパンティを充分に見せ、中にはパンティの上から執拗に股間を攻め、おもむろにパンティを脱がせにかかります。しかしスポーツものの場合は、スポーツウエアのパンティに当たるサポーターを、ほとんどの場合見せてはくれません。

 どうやらここには、視聴者の短絡的で直接的な要求があるようです。  視聴者が求めるものは、ただ淫乱で卑わいな彼女たちの言動であり、彼女たちの体(特に陰部)を見ることであり、そしてそのsexを覗くことにあるのです。ここに登場するスポーツウエアは、その場のシチュエーションを説明するのに使われているだけで、体操選手が、レースクイーンが、バレリーナが、いかに淫乱な「sex」を演じるかに照準が当てられているだけなのです。決してそのウエアに重点が置かれているわけではありません。このため、彼女たちがレオタードの下にアンダーを穿くという現実に忠実な表現など、まったく必要ないのです。
 それどころか、スポーツウエアの下に何も着けていないということは、例えば大きく開かれた股間はレオタードの股布1枚で覆われているだけで、布越しにヘアや割れ目が透けて見えるのではないかという期待感や、現実の体操選手やエアロビギャルが、もしかしてノーサポで演技しているのではないかという期待感を持たせる効果ががあり、この点でも、アダルトビデオのモデルは、サポーターを穿いていない方が歓迎されるのです。

 制作者側もそのあたりの事情を考えて、できるだけサポーターを登場させないような画面づくりを行っているようです。確かに現実離れした設定が多いアダルトビデオの世界では、これでもいいのかもしれません。以前見たビデオの一節に、ハイレグレオタードの女性が体操をするというくだりがありましたが、ご丁寧に字幕で「モデルはノーブラ、ノーパンです」という説明が入っていました。

 世の大人たちが、短絡的にsexのみを求め、あるいは女性の陰部を見ることだけに奔走している現状では、アダルトビデオが持つこのようなスタンスは仕方がないことかもしれません。彼らが、スポーツウエアに表れる女体の曲線の淫靡さ、サポーターに表れる女性心理の微妙さに気づくまで、我々の戦いは続くのです。


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